国歌「君が代」とは/協同組合Masters 会長 濱出健一

    <コラム> 国歌「君が代」とは/協同組合Masters 会長 濱出健一

     「君が代」は、戦前からの僅か7?80年の歴史の歌ではありません。今から千年以上もの歴史のある歌です。「君が代」の文字としての初出は、平安時代初期の延喜5 年(905 年)です。この年に編纂された「古今和歌集」の巻7に、「賀歌」の代表作として納められています。「古今和歌集」は、醍醐天皇の勅命によって編纂された勅撰和歌集です。今でいったら日本政府そのものが編纂した公的歌集で、万葉の時代から撰者達の時代までの140 年間の代表的作品を集めたものです。序文はカナで書かれていて、その執筆者は紀貫之(きのつらゆき)です。その中に「読み人知らず」として掲載されているという事は、既にこの時点で多くの人に愛された歌だった事を示しています。後年に書かれた「枕草子」によると、平安貴族たちにとって「古今和歌集」の暗唱は、常識だったのだそうで、その「古今和歌集」で、お祝いの歌の代表作として紹介されたのが、「君が代」です。今から千年もの昔から多くの人々に愛された歌であったという事です。ではなぜ「君が代」は、そんなに素晴らしい歌とされたのでしょうか。理由の一つに「君(きみ)」があります。その「きみ」とは、どういう意味の言葉なのでしょうか。実は、古代日本語で「き」は男性、「み」は女性をあらわす言葉なのです。日本神話に登場する最初の男女神は、イザナ「キ」、イザナ「ミ」であり、「おきな=翁」「おみな=嫗」という言葉もあります。イザナキ、イザナミ以前の神々は性別がなく日本の神々で最初に性別を持った神として登場するのが、イザナキ、イザナミです。その最初の男女神は、イザナキ、つまり「いざなう男」、イザナミ「いざなう女」として登場します。「いざなう」は、漢字で書けば「誘う(いざなう、さそう)」です。つまりイザナキ、イザナミの物語は、誘(さそ)いあう男女の物語でもあるわけです。二人は天つ御柱で出会い、キ「我、成り成りて、成り余るところあり」ミ「我、成り成りて、成り足らざるところあり」と声をかけあい、互いの余っている所と、足りない所を合体させて、子を産みます。ここで大切な事が、私達にとても大切な事を教えてくれています。親の脛かじりで、まだ勉強中の身上では、男女のまぐあいはする物ではない。もっとしっかり勉強し、体を鍛え、互いに完璧に成長してから、結婚しなさい、という訳です。
    つまり「きみ」というのは、「完全に成熟し成長した」という、喜びの言葉であり、おめでたい、相手を敬う言葉となったのです。従って、「君が代」は、その「愛し尊敬する人の時代」という意味となります。その「愛し尊敬する人の代」が、「千代に八千代に」と続くのです。ここまでだけでも、「君が代」とその背景となっている日本文化の素晴らしさがあるのですが、歌はさ更に「さざれ石の巌となりて」と続きます。「さざれ石」というのは、正式名称を「礫岩(れきがん)」といいます。細かな石が長い年月をかけて固まって巌となった岩石です。実はこの「礫岩」、日本列島が生成された事によって生まれた、日本ならではの地勢が生んだ岩石です。どういう事かというと、さざれ石が巌になるまでという途方もない年月、互いに協力しあうという事は、何を意味しているのでしょうか。ここにも深い意味があります。日本では古来、人は生まれ変わる物と信じられてきました。肉体は老い、死を迎えても、魂は再び人となってこの世に生まれる。つまり、「さざれ石の巌となりて」は、「生まれ変わって何度でも」という意味としてもとらえる事ができます。そして忘れてならないのは、さざれ石は、小さな小石が結束して大きな岩石となっているという点です。一つ一つは小さな小石でも、大きな力でみんなで団結したら、それは大きな「巌」となる。つまりさざれ石は、「きみ=男女」の結束、そして生まれて来る子供達や新たに親戚となる者達など、その全ての人々が、大きな力のもとで固く固く団結しあい、協力しあう事の象徴でもあります。そして最後に「君が代」は、「苔のむすまで」と締めています。苔は、冷えきったり乾燥している所には生えません。濡れていて、水はけの良い所に生育します。カビとは違うのです。つまり、濡れたものと、固いものがしっかりと結びついた所に苔は生えます。即ち「苔」は、「きみ=男女」が、互いにしっかりと結びつき、一緒になって汗を流し、涙を流し、互いにしっかりと協力しあい、長い年月をかけて生育する。それは、男女のいつくしみと協力を意味します。ですから君が代は、「きみ」=完璧に成長した男女が、「代」=時代を越えて「千代に八千代に」=永遠に千年も万年も、生まれ変わってもなお、「さざれ石の巌となりて」=結束し協力しあい、団結して「苔のむすまで」=固い絆と信頼で結びついて行こうそんな意味の歌であるという事になります。「人の愛と繁栄と団結」を高らかに謳い上げた、祝いの歌なのです。そんな歌が、今から千年以上前に生まれ、素晴らしい歌として、勅撰和歌集にも繰り返し掲載され、江戸時代には庶民の一般的な祝いの席の謡曲として広く普及していたのです。千年の時を越えて、人々に祝歌として歌い継がれる歌を、我が国の国歌としているという事自体、凄いと思うし、更にもっといえば、「きみ」の持つ深い意味と、その深い意味が千代に八千代に続く、更に「苔のむすまで」という人々の愛に、私は、とてつもない日本文化の愛の深さと、温かみを感じます。