2018.2 News Letter Vol.67

今月の月例会発表商材2018.2News Letter Vol.67
1.多機能型の架橋タイプ工業用ゲル「engelook(エンジェルック)」 (株)アブソラボ 小林達也


<目的>
医療~光学機器、IT~デジタル家電、ロボット~半導体製造装置含めた各種の産業装置、人工衛星、軍事用途など
の精密機器の品質と付加価値向上ならびに、局部応力集中対策(圧力分散)用途の人体保護などに30年超の
実績を有する本技術を他分野への適用。

<特長>
・高性能 & 多機能(防振、制振、衝撃緩衝、圧力分散)
・バツグンの環境安定性 & 高耐久性(合成ゴム10~20倍、熱可塑エラストマ20~100倍)
・著しく広い適用温度範囲 : マイナス40 ~ +200°
・哺乳瓶の乳首と同材質(シリコーン)ゆえに極めて高い安全性
・多彩な仕様の実現性
<課題>
・合成ゴム、熱可塑エラストマに比較し、高価格帯。 
∴ 用途は限定
・物流以外の全分野産業の用途展開の実績あり。そのため、ご提供アイディア等が従来事例と同様実施ケースは「≒100%」が現状。
∴ 本事業26年超の経験者が「目からうろこ」の画期的な用途、分野、使用法などの積極的なご提案をお待ち申し上げます。]


「君が代」にはいろいろな解釈がありますが日本古来の神道からこのような意味であると思えば協同組合MASTERS
の精神にも共通する歌でもあるとすれば愛着が湧きませんか? 
私は昭和天皇が敗戦後駐留軍のマッカーサー元帥のもとを訪れ全責任は私にあるので私の身がどうなろうとも
国民を守ってくださいと毅然と接したと聞いております。マッカーサー元帥はこの様な国家元首は今までに聞いた
ことも見たこともないと感銘を受けたと聞いています。そしてマッカーサー元帥は本国に食料を送るようにと口説い
たと聞いております。その昭和天皇の背中を見て育った平成天皇はより崇高な天皇としての役目を全うしている
ように思います。
「君が代」が天皇(祭祀)を称える国歌であっても私は誇りをもって斉唱できます。皆様はどうでしょうか?・・・・・・・・
※独自の技術・商材に興味や情報をお持ちの方、コラボレーションにご興味のある方はお気軽にご連絡下さい。
連絡先:TEL06-6110-8050 E-mail:ryu.takahara@masters.coop 協同組合Masters 担当:高原、濱出


<コラム> 国歌 「君が代」 とは  協同組合Masters 会長 濱出健一

 「君が代」は、戦前からの僅か7?80年の歴史の歌ではありません。今から千年以上もの歴史のある歌です。「君が代」の文字としての初出は、平安時代初期の延喜5 年(905 年)です。この年に編纂された「古今和歌集」の巻7に、「賀歌」の代表作として納められています。「古今和歌集」は、醍醐天皇の勅命によって編纂された勅撰和歌集です。今でいったら日本政府そのものが編纂した公的歌集で、万葉の時代から撰者達の時代までの140 年間の代表的作品を集めたものです。序文はカナで書かれていて、その執筆者は紀貫之(きのつらゆき)です。その中に「読み人知らず」として掲載されているという事は、既にこの時点で多くの人に愛された歌だった事を示しています。後年に書かれた「枕草子」によると、平安貴族たちにとって「古今和歌集」の暗唱は、常識だったのだそうで、その「古今和歌集」で、お祝いの歌の代表作として紹介されたのが、「君が代」です。今から千年もの昔から多くの人々に愛された歌であったという事です。ではなぜ「君が代」は、そんなに素晴らしい歌とされたのでしょうか。理由の一つに「君(きみ)」があります。その「きみ」とは、どういう意味の言葉なのでしょうか。実は、古代日本語で「き」は男性、「み」は女性をあらわす言葉なのです。日本神話に登場する最初の男女神は、イザナ「キ」、イザナ「ミ」であり、「おきな=翁」「おみな=嫗」という言葉もあります。イザナキ、イザナミ以前の神々は性別がなく日本の神々で最初に性別を持った神として登場するのが、イザナキ、イザナミです。その最初の男女神は、イザナキ、つまり「いざなう男」、イザナミ「いざなう女」として登場します。「いざなう」は、漢字で書けば「誘う(いざなう、さそう)」です。つまりイザナキ、イザナミの物語は、誘(さそ)いあう男女の物語でもあるわけです。二人は天つ御柱で出会い、キ「我、成り成りて、成り余るところあり」ミ「我、成り成りて、成り足らざるところあり」と声をかけあい、互いの余っている所と、足りない所を合体させて、子を産みます。ここで大切な事が、私達にとても大切な事を教えてくれています。親の脛かじりで、まだ勉強中の身上では、男女のまぐあいはする物ではない。もっとしっかり勉強し、体を鍛え、互いに完璧に成長してから、結婚しなさい、という訳です。
つまり「きみ」というのは、「完全に成熟し成長した」という、喜びの言葉であり、おめでたい、相手を敬う言葉となったのです。従って、「君が代」は、その「愛し尊敬する人の時代」という意味となります。その「愛し尊敬する人の代」が、「千代に八千代に」と続くのです。ここまでだけでも、「君が代」とその背景となっている日本文化の素晴らしさがあるのですが、歌はさ更に「さざれ石の巌となりて」と続きます。「さざれ石」というのは、正式名称を「礫岩(れきがん)」といいます。細かな石が長い年月をかけて固まって巌となった岩石です。実はこの「礫岩」、日本列島が生成された事によって生まれた、日本ならではの地勢が生んだ岩石です。どういう事かというと、さざれ石が巌になるまでという途方もない年月、互いに協力しあうという事は、何を意味しているのでしょうか。ここにも深い意味があります。日本では古来、人は生まれ変わる物と信じられてきました。肉体は老い、死を迎えても、魂は再び人となってこの世に生まれる。つまり、「さざれ石の巌となりて」は、「生まれ変わって何度でも」という意味としてもとらえる事ができます。そして忘れてならないのは、さざれ石は、小さな小石が結束して大きな岩石となっているという点です。一つ一つは小さな小石でも、大きな力でみんなで団結したら、それは大きな「巌」となる。つまりさざれ石は、「きみ=男女」の結束、そして生まれて来る子供達や新たに親戚となる者達など、その全ての人々が、大きな力のもとで固く固く団結しあい、協力しあう事の象徴でもあります。そして最後に「君が代」は、「苔のむすまで」と締めています。苔は、冷えきったり乾燥している所には生えません。濡れていて、水はけの良い所に生育します。カビとは違うのです。つまり、濡れたものと、固いものがしっかりと結びついた所に苔は生えます。即ち「苔」は、「きみ=男女」が、互いにしっかりと結びつき、一緒になって汗を流し、涙を流し、互いにしっかりと協力しあい、長い年月をかけて生育する。それは、男女のいつくしみと協力を意味します。ですから君が代は、「きみ」=完璧に成長した男女が、「代」=時代を越えて「千代に八千代に」=永遠に千年も万年も、生まれ変わってもなお、「さざれ石の巌となりて」=結束し協力しあい、団結して「苔のむすまで」=固い絆と信頼で結びついて行こうそんな意味の歌であるという事になります。「人の愛と繁栄と団結」を高らかに謳い上げた、祝いの歌なのです。そんな歌が、今から千年以上前に生まれ、素晴らしい歌として、勅撰和歌集にも繰り返し掲載され、江戸時代には庶民の一般的な祝いの席の謡曲として広く普及していたのです。千年の時を越えて、人々に祝歌として歌い継がれる歌を、我が国の国歌としているという事自体、凄いと思うし、更にもっといえば、「きみ」の持つ深い意味と、その深い意味が千代に八千代に続く、更に「苔のむすまで」という人々の愛に、私は、とてつもない日本文化の愛の深さと、温かみを感じます。